「トキワ荘復元プロジェクト」豊島区が場所は南長崎花咲公園内で世界規模で偉大なプロジェクトを始動。

2016年7月7日。

豊島区が世界に向け一つの構想を提示しました。

「トキワ荘を復元します。」

高野之夫区長が記者に向け発表した内容に、「としまにあ」としても胸が高鳴りました。

「トキワ荘」といえば、手塚治虫や藤子不二雄、赤塚不二夫

といった誰もが知る漫画家を輩出した有名な場所であります。

1952年に建てられたこの木造アパートに、1953年の初頭に手塚治虫が住み始めました。

漫画界というのは、昼夜を問わず、編集者の出入りが非常に激しい為、新宿区四谷の当時住んでいたアパートはクレームが入りました。

そこで、漫画界への登竜門的存在であった「漫画少年」の編集をしている学童社の編集者、加藤宏泰により手塚治虫が、引っ越し先として勧められたのが「トキワ荘」なのであります。

そこから、手塚治虫を皮切りに、寺田ヒロオ、藤子不二雄、鈴木伸一、森安なおや、石森章太郎、赤塚不二夫、よこたとくお、水野英子、山内ジョージといった著名な漫画家が住むようになりました。

「漫画家が原稿を落としそうになった際、他の部屋からすぐに助っ人を呼べる環境が欲しい」という学童社の思惑もありましたが、「新人漫画家同志で励まし合って切磋琢磨できる環境をつくりたい」、「他の漫画家の穴埋めでもいいから自分の仕事を売り込む機会が欲しい」「空いた部屋には若い同志を入れ、ここを新人漫画家の共同生活の場にしていきたい」といった漫画家達の思惑とも一致し、この「トキワ荘」が「マンガ荘」と言われるまでの状態となっていきました。

通常、木造住宅の耐用年数は22年と言われておりますが、建築から30年経過した1982年、多くの漫画家や漫画ファンに惜しまれつつ老朽化により立て壊されました。

各漫画家たちが自伝としてトキワ壮の生活を描き、ラーメン小池さんで知られるように「トキワ荘」をモデルとして描かれたものが多数あり、漫画ファンならずしても知る存在となりました。

解体前の時期においても、「トキワ荘」は聖地的な扱いをされ、バス観光で訪れる人も多数おりました。

幾重にも思いや、歴史がつまった「トキワ荘」が復元されるプロジェクト計画は、南長崎の南長崎花咲公園内で、2020年の春。東京オリンピック、パラリンピックに間に合わせるような形で完成予定となります。

鉄筋で外観は、当時のままに復元。中は、「マンガ・アニメミュージアム」として展示物を予定しております。

鉄骨2階建て、延べ面積は約420平方メートル、建設費は2億~3億円。

いまから完成が楽しみです。

トキワ荘の所在地
〒171-0052
東京都豊島区南長崎三丁目16番6号

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